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大阪地方裁判所 昭和32年(タ)112号 判決 1961年4月07日

原告 矢根富士子

右訴訟代理人弁護士 古川毅

右訴訟復代理人弁護士 阿形旨通

被告 矢根武次

右訴訟代理人弁護士 宇田繁太郎

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和一九年六月一一日被告と婚姻の式を挙げ、同二七年四月一七日右婚姻の届出を了し、爾来、同居生活をつづけてきたものである。

二、ところで、被告は、結婚以来、小学校の教員をしていたのであるが、被告には結婚当初から幻聴等の症状らしいものがあつた。同二六年七月末頃、被告は、「自分はもう駄目だ、」と言つて泣き出し、その様子が変なので、大阪市立病院神経科で診察を受けたところ、精神分裂症と診断された。被告は、その頃から、右症状が進み、被害妄想が烈しくなつたので、同二七年一〇月右病院に入院した。そして、被告は、同年一二月一旦退院したが、家庭では、原告に暴力を振うようになり、同二九年三月一九日原告を殴りつけようとしたので、原告の実父がこれを制止しようとしたところ、被告は右父を強くつきとばし、これが原因となつて右父は同年七月一二日死亡するに至つた。

三、その後も、被告の病状は進み、幻聴覚症状と発作的に暴行することが多くなつたので、原告と原告の義母だけでは危険だし、監視もできないので、原告らは、同年七月一九日堺市の精神病院に被告を入院させた。その後、原告は、静かなところに転居すれば被告の病気が回復するかも知れないと考え、同三〇年二月現在の住所に転居し、同年九月一〇日被告を退院させたが、被告の症状は同様であつた。そこで、原告や原告の義母は、被告の乱暴に耐えかねて、被告を再び美章園病院に入院させた。被告は現在も入院加療中である。

四、原告としては、従前から、被告に対し、出来る限りの精神的物質的援助をなし、その病気回復のために努力してきたが、被告の病気は全く回復の見込みもなく、仮に、被告が退院できたとしても、前記原告の父の死因となる暴行をなす程、その症状は危険であつて、到底同居生活をすることはできず、最早万策つきた状態である。

五、以上のとおりであつて、原告と被告との婚姻生活は、その実態もなく、原告は、これ以上、被告との婚姻生活を継続することには耐えられないわけで、以上の各事実は、民法七七〇条一項四号並びに五号に該当するから、これを原因として、原告と被告とを離婚する旨の判決を求めるため、本訴請求に及んだ。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実中一記載の事実並びに被告が精神的な病気で、昭和二七年中に大阪市立病院に入院したことは認めるが、被告は、右病院に入院後間もなく退院しており、現在、原告主張のような症状ではない。その余の事実は否認する。

二、被告には、民法七七〇条一項四号及び五号に該当する事実はないわけであるが、仮に、被告に右各事実が存するとすれば、被告は、次のとおりの事由があるので、原告に対し、相当の財産分与の請求をする。

すなわち、(1)被告は、訴外杉田幸二を介して、原告方の養子となることを懇望され、同訴外人の媒酌で、昭和一九年六月原告の亡父平治と事実上の養子縁組をなし、同時に右平治の娘である原告と事実上婚姻したのである。

(2) そして、原告は、右平治の一人娘であつたから、被告は、右平治の死亡の際には、原告と共同してその遺産相続人となるべき関係にあつたものである。ところが、被告は、右平治に、養子縁組などの届出を一任していたため、数年無届のまま放置され、同二七年四月になつて、原告と被告との婚姻届出のみがなされたのであるが、被告が、原告方に養子として行つた趣旨には、何等変更はなかつたのである。

(3) かくて、被告は、原告の亡父の養子として一〇年以上同棲生活をなし、小学校教員として同二九年七月三一日まで奉職し、休職当時には手取り金二六、〇〇〇円の月給を貰つていたのであつて、今、原告と離婚しても、帰るべき家もなく、生計をたてる方法もないのである。

(4) これに反し、原告は未だ再婚も可能であるし、亡父平治の遺産を、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上も相続しているはずであり、少くとも、別紙目録記載の不動産は、右平治死亡当時現存し、原告が唯一の相続人として、その所有権を取得しているはずである。

(5) 尤も、別紙目録記載の不動産のうち、右平治と他の七名の人々との共有になつている三筆の土地と目下調査中の二筆の家屋を除く以外は、右平治の死亡の日及びその前々日(同二九年七月一二日及び同月一〇日)に、右平治から訴外矢根キヌ(右平治の妹)に売却したように登記されているが、これは真実になされたものとは信じられないのである。

三、以上のとおりであるから、原告の請求は失当であるが、若し、離婚の判決がなされる場合には、被告の将来の生活を保障するに足る財産の分与を求める。

と述べた。

立証として、≪省略≫

理由

まず、職権により、被告の訴訟能力などの点につき、本訴が適法なものかどうかの点について判断する。

本訴は離婚の訴であり、被告は、本訴提起当時精神病院に入院していたので、本訴の追行につき、原告から被告の特別代理人選任の申請がなされ、その結果被告の実兄である富田林市大字新堂七五四番地中嶋東司が被告の特別代理人に選任されたこと、右中嶋は、被告のために、本訴につき、訴状を受領の上、その答弁書を提出したこと、その後、右中嶋は本訴につき被告のために、訴訟代理人として田中清一弁護士を選任したこと、右田中弁護士は、更に、被告の訴訟復代理人として宇田繁太郎弁護士を選任したこと、その後に至り、被告は、直接自己の訴訟代理人として、右宇田繁太郎弁護士を選任する旨の委任状を提出したこと、右宇田弁護士は被告の訴訟代理人として、第一〇回口頭弁論期日において従前の口頭弁論の結果を陳述した上、本訴を追行したこと、並びに、被告本人尋問に際し、被告が当裁判所の面前において宣誓書に署名したことは、いずれも当裁判所に顕著な事実であり、被告の提出した前記委任状の被告本人の署名と右被告本人尋問の際の宣誓書の署名とを比照すると、右委任状の署名は被告が自らなしたものと認められる。

また、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第三号証並びに証人美吉伊八郎の証言によりその成立を認める甲第二号証に、同証人及び証人栗林正男(第一、二回)の各証言並びに被告本人尋問の結果を併せ考えると、被告は、昭和二九年七月一九日に堺脳病院に、妄想型の精神分裂症で入院し、その後、同年八月一〇日美章園病院に転院し、一時退院していたが、再び同病院に入院し、同三四年一月頃転院し、現在まで堺市の浅香病院に入院加療していること、同三四年一〇月頃と現在では、被告の症状は余り変つていないこと、被告の現在の病名も、以前同様妄想型の精神分裂症であること、被告の症状は、通常の何の意味も持たない会話なら異常は認められず、被告は、原告との間に離婚訴訟の起つていることは知つているし、離婚の意味も理解していること、ただ一定方向の妄想の核心に入つてくるような会話を交わすと、通常人では考えつかないような方向に走り、妄想すること、被告の場合右病気の治癒する可能性は少ないこと、並びに、本訴提起前に、本件訴の当事者間の大阪家庭裁判所昭和三二年(家イ)第一、二五七号離婚調停事件について、同三二年一一月一九日に「本件調停は、相手方が精神病のため調停を勧告することができない」ことを理由に、調停が不調とされたことがいずれも認められる。

以上の各事実によると、被告は精神病患者ではあるが、その状態は、いわゆる心神耗弱の程度であるというべく、被告は、本訴において、訴えられた当事者として訴訟能力を有するもので、本訴は適法に訴えられ、被告の選任した訴訟代理人によつて適法に追行されたものといわねばならない。

よつて、進んで、本案について判断することとする。

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証(戸籍謄本)に、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、昭和一九年六月一一日被告と婚姻の式を挙げ、同二七年四月一七日右婚姻の届出を了したこと、並びに、その後、同三一年一月三日まで原告は被告と同居していたことが認められる。

ところで、原告は、その主張事実二ないし五記載のとおり、被告は、家庭では暴力を振うので危険であるし、現在は精神病で入院中であり、原告と被告との婚姻生活は、その実態なく原告は、これ以上被告との婚姻生活を継続することには耐えられず、以上の事実は民法七七〇条一項四号並びに五号に該当する旨主張し、被告は、これに対し抗争するので、次に、この点を判断することとする。

証人美吉伊八郎、同杉田幸二及び同栗林正男(第一、二回)の各証言並びに原被告の各本人尋問の結果を綜合すると、被告は、天王寺師範学校を卒業後、小学校の教師となり、原告と結婚式を挙げた当時も小学校に勤めていたものであるが、昭和二二年頃から、「自分の頭の中を電気が通つている」等とおかしなことを言い出し、その後、家の金を持ち出して人にやつたり、無暗と寄付したりしていたこと、原告が外出すると、他に男を作つているとの被害妄想を抱き、原告を蹴つたり殴つたりしたこと、同二九年七月一二日に死亡した原告の実父の死因となつた傷も、被告の暴行により受けたものであること、被告が同三〇年九月に一時退院した時、五日に一回位発作をおこして、前同様、他に男を作つているといつては殴つたり蹴つたりし、また、叔母と隣人との関係を疑つて、同女を一室に閉じ込めるようなことをしたこと、被告は、最初同二七年一〇月大阪市立病院に精神病で入院し、その年の暮に退院し、再び小学校に勤めていたが、同二九年七月一九日堺の脳病院に精神病で入院、同年八月一〇日美章園病院に転院し、同三〇年七月小学校教員を辞職、同年九月一時右病院を退院したが、同三一年一月再び悪くなつて堺市の美章園病院に入院し、その後、同三四年一月二四日浅香山病院に転院現在も同病院で入院加療中であること、被告の病状は、当初入院以来、妄想型の精神分裂症で、ここ二年位はその症状は余り変つていないが、その程度は相当進んでおり、前認定のとおり、日常の簡単な会話は正常にでき、原告が妻として面会に来ることはよく知つているしまた、現在、原被告間に離婚訴訟が大阪地方裁判所に係属していることや、離婚の意味については、被告において理解しているが、複雑な会話(たとえば、情緒的なもの又は思想的なものなど)や意味をもつた会話(単なる日常の事実に関するものでなく、言葉にそれぞれ深い意味が含まれているような会話)、はできないこと、また、現在の状態では、普通の夫婦生活を営むことは不可能であるし、一旦妄想におちいると、それに引きずり廻されて、健全な家庭生活を処理する能力はないこと、そして、被告の右病気の治癒ということは不可能に近いこと、しかし、最近では、入院中に被告が病院で狂暴性を発揮したことはないし、かかる兆候も見られないこと、また、被告の妄想は、その範囲が狭いこと、ところで、原告と被告との夫婦関係は、被告が昭和三〇年九月に一時退院していた時、一度あつたのが最後であること、病院の入院費用は月一五、〇〇〇円位かかり、原告は、初め、被告の退職金などでその支払をしてきたが、現在ではそれもなくなり、同三五年一〇月分からは、その支払を遅滞していること、原告は、その義母(原告の父の後妻)と共に原告所有の唯一の不動産である家屋に住み、仕立屋に通勤して月六、七千円の収入を得て、親子二人細々と生活している状態であるので被告の入院費の支払に困つていること、被告の実兄中嶋東司は、原告に対し、「弟の金は全部病院の払いに使つてくれ、金がなくなつたら何とかする、」と言つているが、現在、何の援助もしていないこと、被告には、他家に嫁いだ姉と富田林市に一家を構えている兄並びに柏原市に弟がいて、兄弟は相当の生活をしていること、並びに、原告は、専ら、被告のためを思い転居したりし、同三一年被告が最後に入院してからも、月一回位病院に被告を見舞い、入院中の原告の世話をしていたが、同三三年頃からは余り病院に行つていないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の各事実を綜合すると、結局、被告の病気は、妄想型の精神分裂症であり、現在入院中で、その症状も相当進行しており、その治癒は殆んど不可能に近く、かかる状態では正常な夫婦生活を期待することはできないものといわねばならないが、反面、被告は通常の会話は正常にできることだし、原告が入院費などで苦労していることも理解し、可愛そうに思つている実状であることが認められるから、右の程度をもつてしては、被告は未だ、民法七七〇条一項四号に規定するいわゆる「強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき」には当らないものというべく、この点についての原告の主張は採用するに由ない。

しかしながら、右認定の各事実によると、前記のとおり、被告は、殆んど不治に近い妄想型の精神分裂症で、現在も入院中であるし、その症状も相当進行しているし、仮に、被告が退院できたとしても、その妄想の発作により原告らに暴行を加えたりすることは容易に推測されるところであるし、正常な夫婦生活を期待することはできないし、反面、原告は、現在四三才であり、後記認定のとおり、被告の入院費を支払つたため、財産は殆んどなくなつており、前記認定のとおり昭和三五年一〇月分からの被告の入院費の支払も遅滞している始末で、現在原告は義母と共に原告所有の唯一の不動産である家屋に住み、自ら働いて得た月約六、七千円の収入で細々と生活している実状であるから、このまま原被告が夫婦としてその身分関係を継続する限り、被告の兄弟も原告を援助せずまた国の社会保障制度の恩恵に浴することもできず、その上被告の入院費の負債は増加する一方で、結局被告の生活のみならず、原告の生活も困難となることが明らかであるから、以上の事実によると、原告にとつていわゆる民法七七〇条一項五号に規定する被告との婚姻を継続し難い重大な事由があるものといわねばならない。

ところで、被告は、その主張事実二並びに三記載のとおり原告には相当の財産があるから、原告の請求が認められるのであれば、相当の財産分与を求める旨主張するので、この点を考えるに、原告並びに被告の各本人尋問の結果を併せ考えると、現在、原被告の財産というのは、松原市天美町二二八番地に同番地上家屋番号三八号の家屋一戸が原告の所有名義であること、また、同番地上家屋番号三九号の一戸が被告の所有名義であること、右の他には、以前被告が昭和三〇年退職したとき受けとつた退職金四〇〇、〇〇〇円と貯金三二〇、〇〇〇円があつたが、被告の入院費にすべて使いはたしたし、現在は額面金六〇、〇〇〇円の株式があるのみで、しかも、被告の入院費は昭和三五年一〇月分よりその支払を遅滞しているので、その負債が合計金八、九万円になつていること、右原被告所有の家屋はそれぞれ時価約二〇〇、〇〇〇円足らずであること、そしてこの他には、原告には何らの財産も存在しないことが認められ、右認定を左右するに足る何等の証拠もいな。

そうすると、原告には現在住んでいる時価約二〇〇、〇〇〇円足らずの家屋一戸が存するのみで、この他には、額面金六〇、〇〇〇円の株券があるが、原告が負担している被告の入院費の負債のみでもすでに八九万円に達しているのであり、反面、被告も原告と同様の家屋一戸を所有しているわけであるから、被告は原告に対し財産の分与を請求し得ないものと認めるを相当とする。

そうすると、右被告の主張は採用するに由ない。

以上のとおりであるから、結局、原告にとつて被告との婚姻を継続し難い重大な事由があるから、これを請求原因として原告と被告との離婚を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 弓削孟 中川敏男)

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